コラム20.  :悪貨は良貨を駆逐する?

グレシャムの法則

「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉があります。これは、経済学のグレシャムの法則とよばれるもので、質の悪い通貨が流通すると、価値が同じ、質の高い貨幣は使われなくなり、駆逐される…というものです。

たとえば、ある国で1000円分の金貨があり、ある国で流通していたとします。その後、その国の財政が悪化したため、おなじ金貨のなかの金の含有量を下げた1000円金貨を国が流通させると、もともと流通していた価値の高い金貨を、人々は自分の懐にしまい込んで、流通するのは質の悪い通貨だけになる…というものです。

この法則を発見したグレシャムは、16世紀のイギリス国王の財政顧問でしたが、同じことは江戸時代の日本、さらには世界中で起こりました。そのため国や民族を超えた普遍的な法則だといるでしょう。

コンピュータの世界でも同じことが起こっている

この「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉は、経済の世界のみならず、転じて様々な領域でも同じような現象がみられるます。

それは、コンピュータの世界も例外ではありません。例えば、現在コンピュータのCPUの圧倒的なシェアを占めているのは、インテル社のCPUですが、このアーキテクチャは、CISCといい、かつては、もう一つの規格であるRISCよりも劣ると言われており、「いずれはCISCはRISCに駆逐される」と言われていました。

しかし、現在コンピュータ、特にパソコンのCPUのほとんどがインテル系であることからもわかる通り、構造的にRISCに見劣りする、と言われたインテル系のCPUが生き残りました。

Windowsは悪貨?

同様なことは、コンピュータのハードウェアだけではなく、ソフトウェアでも言えます。

例えば、Windowsや現在パソコンの主流なOSですが、このようなGUIを主体としたOSを最初に商業化したのは、アップル社のマッキントッシュが最初でした。

最初は質的にも、普及度でもMacOSに劣っていたウィンドウズでしたが、その後改良が重ねられ、気が付けばパソコンのOS=ウィンドウズという構図ができるほど普及しました。

駆逐された良貨、IBM-PC

インテルのCPUが普及した理由も、Windowsが普及した理由も、よく考えてみるとグレシャムの法則と似たような原理があることがわかります。その理由は簡単で、どちらもそのころ主流のコンピュータであるIBM-PCのCPU、およびOSとして使われていたからです。

IBMは現在パソコンを製造していませんが、1980年代は世界トップクラスのパソコンメーカーで、多大な影響力を持っていました。しかしその後、本家と同じ機能が使えてより安価なこのIBM-PCの互換機が普及し、本家をしのぐようになりました。そのためIBMという「良貨」は駆逐されましたが、結果としてはどちらでも使用できるOSとCPUが生き残り、圧倒的なシェアを獲得したため、そのまま現在にいたる構図ができたわけです。

C言語が生き残った理由

そして、C言語が現在、主要な言語として生き残っている理由の一つは、やはりこのIBM-PCとその互換機の普及という現象と無縁ではないのではないのでしょうか。マイクロソフトは当時、MS-DOSやWindowsといったOSと共に、Microsoft-CなどといったC言語のコンパイラを発売しており、主要な製品もそのコンパイラで開発されていました。

かつて、Delphiなどのような、C/C++言語のライバルとなる言語もいくつか存在していましたが、結局OSと一緒に主要なソフトを抑えていたマイクロソフトの力にはかないませんでした。

やはり、どんなに優れたソフトウェア・ハードウェアでも、結局は市場占有率の壁は超えられなかったのです。

「モノ作り大国」への警鐘

術力は素晴らしく、様々な優れた製品を創り出しています。しかし、市場で必ずしも成功しないのは、こういった、「悪貨は良貨を駆逐する」という原理と同じことが起こっているからです。

優れた日本製品が出ると、それよりも質が劣る海外製の模倣品が普及し、気が付けば本家を凌駕している…ということがしばしば起こっています。「技術が優れていれば市場で成功する」という考え方は、作り手の傲慢な思い込み化も知れませんね。

つまり、コンピュータに限らず、ある技術や製品が生き残るためには、「作る努力」のみならず、「普及させる努力」もしくは「売る努力」が同じくらい、さらにはそれ以上必要とされるということなのでしょう。